参拝日:2025年4月14日月曜日
今回は大阪市浪速区にある「敷津松之宮(しきつまつのみや)・大国主神社(おおくにぬしじんじゃ)」に参拝。
この神社は本社が敷津松之宮なのだが、摂末社である日出大国社のことを大国主神社とも呼ばれており「木津の大国さん」として敷津松之宮よりこちらの方が知られている。
宗教法人上の登録は「敷津松之宮」である。
また、敷津松之宮は境外社として「敷津松之宮御旅所(しきつまつのみやおたびしょ)」が大阪市西成区にある。

敷津松之宮

祭神名
主祭神
素盞嗚尊(すさのおのみこと)
大国主命(おおくにぬしのみこと)
相殿神
事代主命(ことしろぬしのかみ)
奇稲田姫命(くしなだひめのみこと)
少彦名命(すくなびこなのみこと)
八柱御子神(やしはらのみこがみ)
おキヌさん相殿神(あいどのしん)とは神社の本殿で主祭神と共にお祀りしている神々のことをいいます。主祭神に縁のある神様や、その地域と関係の深い神様をお祀りしていることが多いです。
創建・由緒
敷津松之宮は元来「木津」の氏神である。



木津は摂津国・大阪府西成郡だった時にあった村です。
現在の大阪市浪速区と西成区の各一部にあたります。
社伝によれば、神功皇后が三韓征伐(さんかんせいばつ)から戻り、住吉大社を定めて鎮座した後、浦伝いに武内宿禰(たけうちのすくね)等を従えて敷津の浜を航行していると、海岸に荒波が岸に打ち寄せているのを武内宿禰がみて「今より後はこれを境にして潮が満ちないように」と松の樹三本を渚に植え、素蓋鳴尊(すさのおのみこと)を祀り、松の宮と称したのが起源とされている。



三韓征伐は、神功皇后が仲哀天皇の没後、新羅に出兵し、朝鮮半島の広い地域(三韓)を服属下においたとする日本の伝承です。
貞観8年(866年)僧の円如(えんにょ)が京都祇園牛頭天王を播磨国唐崎より勧請の道すがら松之宮に立寄ったところ、当社の祭神も牛頭天王と同神であるところから、当社を祇園または牛頭天王社と称したという。
神仏分離令の際、八阪神社と改め明治26年(1893年)6月改めて敷津松之宮と称した。
敷津松之宮がはじめて鎮座した地は現本社の所在地より南約1.6㎞を隔てた区内四条ケ辻だが、現在地に移建した時代は不明である。
拝殿


摂社
日出大国社(大国主神社)


境内摂社、大国主神社は延享元年(1744年)2月に神託があり、宝暦年間(1751年10月27日〜1764年6月2日)出雲杵築の大社より勧請したもので、安置の神像は出雲大社と同様。
祭神は大国主命(おおくにぬしのみこと)
敷津松之宮の大国主命とは別に祀られている。
大国主命、日出大国神とも呼ばれているが、大黒天ともされている。
拝殿


鼠像




大黒天を祀っている神社は鼠が神の使いとなっている。
これは古事記に出てくる大国主命が鼠に助けられる話に由来する。
また陰陽五行では大黒天の「黒」は北と冬を意味し、十二支で北や冬に相当するのが子(鼠)であることから、大黒天の神の使いは鼠とされている説もある。
楠稲荷社






祭神は伏見稲荷大社と同じく宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)を祀っている。
白龍明神社(巳さん)


詳細は不明だが、名前の通り、白蛇の神、龍神を祀っていると思われる。
折口信夫歌碑


折口信夫(おりくちしのぶ)は大阪府西成郡木津村で生まれた民俗学者、国文学者、国語学者、詩人、歌人。
柳田國男の高弟として民俗学の基礎を築いた。
没後25年を期に縁ある人々の志により「幼き春」の反歌を選び、昭和53年(1978年)11月19日に大阪で初めて折口信夫氏の歌碑が建立された。
木津勘助の銅像


木津勘助(きづかんすけ)は青年の頃より豊臣家に仕え、木津川の開拓工事に尽力し、水運の便と堤防を強化して洪水の害を防ぐなどその功績は高く評価されている。
寛永16年(1639年)、近畿一円が大飢饉にみまわれ、窮地を救うため大阪城の備蓄米の放出を願い出たが聞き入れられず、私財を投げうって村人に分け与えた。
それでも足りず「お蔵破り」を決行して米俵を振る舞い民衆を助けたが、お蔵破りの罪で葦島(現在の大正区)に流され万治3年(1660年)75歳で亡くなった。
開拓工事の活躍、自ら罪を被り義侠の精神で民衆を助ける精神の持ち主の事から今でも尊敬されている人物である。
大阪市浪速区敷津にある浄土真宗「唯専寺」に木津勘助の墓がある。
まとめ


都会の一角に存在する敷津松之宮。
敷地内は広く、開放的な空間で、重厚感がある感じではなく、さっぱり、あっさりとした印象の神社だった。
外国人観光客が多く、みんな楽しそうに境内で写真撮影をしていた。
歴史的にも見どころがあり民俗学者の折口信夫氏の歌碑は、民俗学研究をしていたたかなし的にテンションがあがった。
入りやすくお参りしやすい神社なので近くに来た際はぜひ立ち寄ってみてください。
アクセス
敷津松之宮・大国主神社
〒556-0015 大阪府大阪市浪速区敷津西1丁目2−12











