参拝日:2025年4月9日水曜日
今回は大阪市天王寺区にある真田幸村ゆかりの地「安居神社(やすいじんじゃ)」に参拝。
安居神社は少彦名神及び菅原道真を祭神としているので「安居天満宮(やすいてんまんぐう)」とも呼ばれている。
安居神社は豊臣方の武将として、慶長20年(1615年)4月26日からはじまった大坂夏の陣において徳川家康を追い詰め、後に「日本一の兵(ひのもといちのつわもの)」とも評された武将、真田幸村がその夏の陣で討死した地である。
真田幸村の実際の名は真田信繁(さなだのぶしげ)だが、一般的には真田幸村の名の方で知られている。
安居神社(安居天満宮)

祭神名
少彦名神(すくなひこなのかみ)
菅原道真(すがわらのみちざね)
創建・由緒
創建年代は不詳。
少彦名神を祀っているのは古文書が散逸したため定かではないが、非常に古い時代の事であると伝えられている。
菅原道真を祭神としている由来は、菅原道真が大宰府(福岡県)に流されるときに、途中の海上が荒く風待ちのためにしばらくこの地に立ち寄って休んでいた旧跡である由縁から、その40年後の天慶5年(942年)に祀ったのが始まりと伝えられている。
安居神社を信仰している人々は昔から多く、その中でも京都発祥の老舗百貨店、大丸(だいまる)の創業者「下村彦右衛門」は特に信仰が篤く、この神社の大きな加護を受けて繁栄したという話がある。
その由縁から「大丸天神」とも称されることもある。
おキヌさん大丸は2007年(平成19年)に、同じく百貨店の松坂屋と経営統合して「株式会社大丸松坂屋百貨店」となりました。
また、安居神社は上方落語の「天神山」の舞台としても登場している。
拝殿


安居神社は昭和20年(1945年)の太平洋戦争の戦禍を受け全ての建物が無くなってしまったが、大丸をはじめ奉賛者の寄進により昭和26年(1951年)春に復興された。
眞田幸村公之像&眞田幸村戦死跡之碑


<境内看板より>
幸村公はこの境内で無念の死を遂げました。
その生き方は生きる人間の本義を貫いた人として多くの人に愛されています。
この地から幸村公ははるか故郷、信州上田を偲び、また父昌幸公を慕い、そして大阪城の思いを馳せていたのかもしれません。
幸村公の遺徳を偲び、ここに銅像を建立しました。
この銅像にお手をお触れ下さい。
そしてその徳を授かって頂ければ喜ばしく思います。
安居神社 宮司
さなだ松(2代目)


大阪夏の陣において徳川家康は秀忠と共に大軍を率いて大阪城を攻めた。
当初、背水の陣を布いた豊臣方が優勢で、茶臼山に布陣していた真田信繁も松平忠直を撃破し、家康の本陣をめがけて突撃した。
このため、一時は家康も自刃を覚悟したという。
しかし、徳川との軍勢の差はいかんともしがたく、徐々に豊臣方は追い詰められていく。
真田幸村も奮戦したが、安居神社境内の一本松の下で討死となった。
時に年齢49歳だった。
当時の一本松はすでに枯死したが、社殿復興を機に昭和26年(1951年)4月24日にこれを記念して植樹され、現在は2代目の松となっている。
摂社
玉姫稲荷神社




安居神社の玉姫稲荷神社はアンヌ ブッシイ著の「神と人のはざまに生きる」の舞台の一つになっている。
狐像




ここの狐像はなかなか迫力がある(こわい)
前掛けがかわいい。
金山彦神社




祭神
金山彦大神・金山姫大神・淡島大神
詳細不明。
明治40年(1907年)に金山彦神社を合祀されたとある。
かんしずめの井(安井の清水)


境内には古くから「安井」或いは「癇鎮めの井」と称される清冽な水が湧き出す井戸がある。
霊水として広く知られていたが、現在は枯渇の状態となっている。
癇(かん)とは癇癪(かんしゃく)のことで、子どもが声を荒げて泣いたり、奇声を発したりすることをいう。
ちなみに大人でも癇癪を起こす人はいる。
癇癪に悩まされる家庭は多かったようで「かんの虫」を取り除く加持祈祷やおまじないは古くより存在する。
この「癇鎮めの井」もその水を飲めば「かんの虫」が鎮まるとされていたものと思われる。
この井戸は「天王寺七名水」の一つとなっていた。
シダレザクラ・ソメイヨシノ


大阪城と上田城は真田幸村の取り持つ縁により、平成18年(2006年)10月に友好城郭提携を結び、これを期に両市に記念碑を贈呈し、上田市民との交流を図ってきた。
上田市有志の会より、友好城郭3周年、新生上田市発足3周年を記念し、幸村公のふるさと信州上田のシダレザクラ、ソメイヨシノが奉納された(平成21年(2009年)12月)
たなかし談話


真田幸村は兄の信之曰く、柔和で辛抱強く、物静かで怒る様なことは無いという人柄であったとされながら、戦では勇猛な武将として戦前に立ち、主君に最後まで忠義を尽くす人物だった。
新史料では、現在の生國魂神社と勝鬘院あたりの高台で討死したという話があったり、豊臣秀頼と幸村の嫡男、幸昌とともに薩摩国(鹿児島県)に落ちのびたとする俗説もある。
真田幸村が亡き後も様々な資料、小説、漫画、アニメなどで彼の魅力が伝えられている。
ということで、とても静かで良い神社でした。
この周辺で戦があり、この地で真田幸村が討死したと考えると何か感慨深かった(語彙力)
小さいながらも歴史が詰まっている神社でした。
真田幸村ファン、歴史好きな人は近くに立ち寄ったらぜひ訪れてみてください。
ちなみにここは7時から16時まで参拝可能となっていて、その時間以外は閉門しているので注意してね。
アクセス
安居神社(天満宮)
〒543-0062 大阪府大阪市天王寺区逢阪1丁目3−24












