参拝日:2025年4月3日木曜日
今回は大阪市天王寺区にある産湯稲荷神社(うぶゆいなりじんじゃ)に参拝。
来訪したのがちょうど桜の時期でとても綺麗な光景に巡り合えた。
産湯稲荷神社

祭神名
宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)
下照比売命(したてるひめのみこと)
大小橋命(おおばせのみこと)
ご利益
五穀豊穣、所願成就等
創建・由緒
創建年は不明。
大阪市東区にある比売許曽神社(ひめこそじんじゃ)が元々当地に鎮座していたと推定されている。
その由縁故か、産湯稲荷神社は比売許曽神社の境外末社となっている。

産湯という名前の由来は境内にある「産湯の井戸」にある。
この井戸は神代の頃(神々がいた時代)に味耜高彦根命(あじすきたかひこね)がこの地に降臨して穿って湧き出した清泉が始まりといわれている。
この霊水を「日高の清水」や「日高眞名井の清水」と呼ばれていた。
その後時代が経ち、大小橋命(おおばせのみこと)が誕生した時にこの清水を産湯としたことから「産湯の清水」、「産湯の玉之井」と云われ産湯稲荷神社となった。
大小橋命は神功皇后の近臣、雷大臣(いかつおみ)の子で、大小橋命の13代子孫が藤原鎌足(ふじわらのかまたり)といわれている。
おキヌさん近臣(きんしん)とは主君のそばで仕える臣下のことをいいます。
現代になってこの井戸は地下鉄やビルの建設等の影響で水位が下がり、水質も良好な状態といえなくなったが、平成8年(1996年)に有志の協力により飲料には適さないが汲み上げ可能な井戸として復旧された。
また、この井戸は真田信繁(真田幸村)の「真田の抜け穴」としても伝わっている。
他、産湯稲荷神社は上方落語「稲荷俥(いなりぐるま)」にも登場している。
手水舎


苔むした岩の手水舎。正確には手水鉢だろう。自然そのままでとても風情がある。
拝殿


比較的新しめな造りの社。
狐像




狐像もしっかりと見守っている。ちょっとシュッとした感じの狐。
石碑


「桃山跡」の石柱は、このあたりは「桃山」と呼ばれ、明治時代の頃には広大な桃の林があり景勝の地として知られていたことを示している。
右側は「比売許曽神社御旅所(ひめこそじんじゃおたびしょ)」の石柱
地蔵尊




左の祠は普通のお地蔵さんで、右側はイヌ?ネコ?タヌキ?のような姿をしている。
一般的にはタヌキとされているようだ。かわいい。
不動明王像




井戸の奥に不動明王が祀られていた。
中は全体的にひんやりしている。夏は涼しくてよさそうだ。
不動明王は数ある仏の中でもたかなしの好きな仏の1尊である。
塚


稲荷神社には個人が神社に許可を得て(あるいは昔なら勝手に)自分の信仰する神の祠や社を祀る「お塚信仰」というのがある。
これらもそのように見受けられる。
たかなし談話


街中の一角に存在する産湯稲荷神社。
この日は良い天気で春休みの時期なので神社のすぐ隣にある小橋公園(おばせこうえん)で子供たちが元気に遊んでいた。
この小橋公園は近所の人たちからは狸山公園(たぬきやまこうえん)と呼ばれているそう(なぜ)
神社と桜という画はとても映えるので鳥居の前でお母さんが小さい男の子の写真を撮っている光景や、おばあちゃんが境内にいた猫と時が止まったかの如く見つめあっているシュールな姿を見れたりと微笑ましく楽しい時間を過ごせた。
産湯稲荷神社はお地蔵さんや不動明王も祀っている神仏習合的な神社で、たかなしの好みの神社だった。
こういうおおらかさのある神社仏閣にたかなしは心惹かれる。
良い神社でした。
アクセス
産湯稲荷神社
〒543-0028 大阪府大阪市天王寺区小橋町3−1












