参拝日:2025年3月10日月曜日
今回は大阪市阿倍野区にある安倍晴明神社に参拝。
安倍晴明神社の読み方は「あべせいめいじんじゃ」
安倍晴明神社はその名の通り、安倍晴明が祀られている。
安倍晴明は平安時代に陰陽師として活躍していた人物。宗教や歴史に詳しくない人でも小説、漫画、映画等になっているから安倍晴明や陰陽師という名前を聞いた事がある人は多いと思う。
おキヌさん映画では野村萬斎さん主演の「陰陽師」、山﨑賢人さん主演の「陰陽師0」が有名です!どちらも夢枕獏さんの小説「陰陽師」が原作となっています。
陰陽師は陰陽寮という国の機関に属し占い・天文・時・暦の編纂を担当していた。陰陽師は今でいう国家公務員のような立ち位置だ。
安倍晴明は師である賀茂忠行と共に一代で陰陽道宗家の礎を築いたスーパーエリート。
その出自や経歴には謎が多く、母親が白狐だったとか、とてつもない呪術使いだったとも言われ、その謎多きスーパースターだからこそ令和になった今でも魅了して止まない人物である。
実は安倍晴明の生まれについては諸説あり、茨城説、讃岐説、そしてここ、大阪説がある。
安倍晴明の子孫である土御門家では安倍晴明に関わる7か所の聖地の内、この安倍晴明神社を晴明の生誕地としているからこの場所が公式といえるだろう。
ちなみに京都市にある晴明神社は晴明が住んでいた屋敷跡だ。一条戻橋と共にこっちの方が知られていると思う。
安倍晴明神社


安倍晴明神社は阪堺電気軌道上町線という路面電車(チンチン電車)の東天下茶屋駅から歩いて3分くらいの住宅街の一角にあり、阿倍王子神社の境外社になっている。



境外社とはその神社の管理に属している神社の事をいいます。
祭神名
安倍晴明公
ご利益
学術技芸・火難痛難災除・安産
創建
寛弘4年(1007年)
由緒
安倍晴明神社に伝わる『晴明宮御社伝書』によると、安倍晴明が亡くなった事を惜しんだ花山法皇(花山天皇 第65代天皇)が生誕地の阿倍野に晴明公を祀ることを命じ、亡くなってから2年後の寛弘4年(1007)に完成したのが安倍晴明神社であると記載されている。
本殿


境内は約180坪(約600平米)
現在の社殿は大正14年に崇敬者の協賛で再興されたものだ。
当日は朝の9時ぐらいに到着したんだけど、散策している間に何人か参拝に来ていた。
スーツを着た人が出勤がてらにお参りに来たり、散歩ついでに来てるような人が多いイメージだった。地元に根付いている神社だなという印象を受けた。
手水舎




よく手水舎には竜の姿をしている像を見かけるけど、これは竜神を表しているんだ。
この手水舎にある井戸は晴明水と呼ばれていて、その昔、安倍晴明が雨乞いの祈祷をした時、この五龍神に祈って大雨を降らせたという逸話がある。
安倍晴明公像


凛々しい姿の安倍晴明像。
晴明は格好いい青年姿か、中年太りした狸親父の風貌のどちらかをイメージして描かれているものが多いけど、こちらはそのどちらでも無く壮年な男性の姿って感じで恰好いいね!
葛之葉霊狐の飛来像


安部晴明の母親、葛の葉の像。
晴明と夫の保名と別れる際に葛の葉が残した「恋しくば 尋ね来てみよ 和泉なる 信太の森の うらみ葛の葉」の和歌は有名。
ちなみに「うらみ」は「恨み」ではなくて「裏見」のこと。



このお話は「葛の葉子別れ伝説」で調べると出てきます。切ないお話なので興味のある方はぜひ調べてみてくださいね。


こちらは葛之葉姫図。美しい人だったんだろうなと思わせる。
趣がある人物画。
安倍晴明誕生の地の碑


「神南辺大道心」という方が寄進した石碑。
神南辺大道心は燗鍋(かんなべ)という茶道具を作る職人では一流だったけど素行が悪すぎて皆から嫌われていた。
ある時、寺の小僧だった自分の息子にたしなめられて改心。自分も仏門に入って人の役に立つように、贖罪のため道標や石碑などを建てて回った。
そのことから堺市には「神南辺橋」「神南辺町」という名前が今でも残っているんだ。
鎮石 (孕み石)


この大きな石は古代の船の錨(いかり)
沈める(鎮める)という意から安産を祈る石となって孕み石とも呼ばれて信仰されている。



その昔、藤原実資氏の奥さんのお産に際して、晴明さんが罪穢れを祓い、産所に侵入する祟りを封じる呪術を行ったというお話から晴明さんは安産の神としても信仰されています。
産湯井の跡


安倍晴明が生まれた時の産湯の井戸。
江戸時代の「摂津名所図会大成」には、安倍晴明神社境内にこの井戸が描かれている。
晴明が生まれた時にこの井戸の水のお湯を使っていたと考えると感慨深い感じがするね。
泰名稲荷神社


泰名稲荷神社は安倍晴明の父親、安倍保名(あべのやすな)の名を冠している。
この神社が創建されたのは江戸時代。
奥さんが狐ということもあり、稲荷神社としているんだろうね。
実は安倍保名の名前は安倍益材(あべのますき)、安倍春材(あべのはるき)という説もある。
安倍晴明自体も、「せいめい」なのか「はるあき」「はるあきら」なのか確定していないけど、一般的には音読みの「せいめい」呼びで伝わっている。
たかなし的にはやっぱり「あべのせいめい」呼びの方がしっくりくるね。
たかなし談話
安倍晴明は幼少の頃から鬼が見え、希代の陰陽師として活躍した日本を代表する歴史的人物。
その謎の多さゆえに魅了される人も多く、たかなしもその一人だ。
安倍晴明に関わる両親や奥さん、十二神将など調べれば調べるほどキリがないくらい面白い伝説、逸話が残っている。
ぜひこの安倍晴明神社に訪れてその歴史の一端を感じてもらえれば幸いだ。
ちなみに晴明は占いが得意だったということもあり、境内では占いをしてくれる場所があるので興味がある人はぜひ。
アクセス
安倍晴明神社
〒545-0034 大阪府大阪市阿倍野区阿倍野元町5−16
公式サイト:安倍晴明神社












